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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)124号 判決

興産商事株式会社、株式会社サニーランド、株式会社新創、マコト工業有限会社、有限会社池田訴訟承継人

原告 破産者 株式会社花山工務店 破産管財人 山本剛嗣

被告 信友企業株式会社

右代表者代表取締役 長谷川三郎

右訴訟代理人弁護士 高桑瀞

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録(一)記載の建物につきなされた東京法務局豊島出張所昭和五八年一〇月二五日受付第二二七二七号所有権移転登記及び同目録(二)記載の建物につきなされた同出張所同日受付第二二七三〇号所有権移転登記についての各否認の登記手続をせよ。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  株式会社花山工務店(以下「花山工務店」という。)は、本訴提起後の昭和五九年八月一六日午後一時三〇分、東京地方裁判所において破産宣告を受け、原告は同日その破産管財人に選任されて、就任し、興産商事株式会社、株式会社サニーランド、株式会社新創、マコト工業有限会社、有限会社池田組の提起した本訴を受継した。

2  花山工務店は、被告に対し、昭和五八年一〇月二四日、自己の所有にかかる別紙物件目録(一)、(二)記載の各建物(以下「本件各建物」という。)を代金各六五〇〇万円合計一億三〇〇〇万円で売却し(以下「本件各売買契約」という。)、これに基づき同年同月二五日それぞれ、請求の趣旨第1項記載の各所有権移転登記(以下「本件各登記」という。)を経由した。

3  花山工務店は、本件各売買契約の当時、既に債務超過の状態にあり、かつ本件各売買契約の際、本件各建物以外に見るべき不動産を有していなかった。

4  花山工務店代表取締役花山滋は、本件各売買契約の際、右2及び3の各事実を知っていた。

5  原告は、被告に対し、昭和六〇年一〇月四日の本件第六回口頭弁論期日において、破産法七二条一号に基づき、本件各売買契約を否認する旨の意思表示をなした。

よって、原告は、被告に対し、否認権に基づき、本件各登記についての否認の登記手続をすることを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の各事実は認める。

2  請求原因3の事実は知らない。

3  請求原因4の事実は否認する。

三  抗弁

1  (売買代金の相当性、根抵当権者への弁済)

本件各売買契約の代金額は、本件各建物の売買代金として相当額であったところ、花山工務店は、受け取った右代金額合計一億三〇〇〇万円のほぼ全額である一億二八七〇万円の金員を、本件各建物について極度額一億七〇〇〇万円の共同根抵当権を有していた瀧野川信用金庫に対する債務のうち一億二八七〇万円の債務の弁済に充てた。

2  (受益者の善意)

被告代表者長谷川三郎は、本件各売買契約にあたり、請求原因3又は4の各事実を知らなかった。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、本件各売買契約の代金合計一億三〇〇〇万円のほぼ全額が花山工務店の瀧野川信用金庫に対する債務の弁済に充てられたことは認め、その余は否認する。

2  抗弁2の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因について

1  請求原因1(花山工務店に対する破産宣告、原告の破産管財人就任、本訴の受継)及び同2(本件売買契約等)の各事実は、当事者間に争いがない。

2  請求原因3(花山工務店の債務超過等)の事実は、《証拠省略》を総合するとこれを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  請求原因4(同2、3の各事実についての花山滋の悪意)の事実は、《証拠省略》によりこれを認めることができ右認定を覆すに足りる証拠はない。

4  請求原因5(原告の否認権行使)の事実は当裁判所に顕著である。

二  抗弁1(売買代金の相当性、根抵当権者への弁済)について

本件各売買契約の代金合計一億三〇〇〇万円のほぼ全額が花山工務店の瀧野川信用金庫に対する債務の弁済に充てられたことは当事者間に争いがなく、これと《証拠省略》を総合すると以下の事実が認定でき、この事実を覆すに足りる証拠はない。

1  花山工務店は、昭和五六年一二月ころ、分譲マンションとして別紙物件目録(一)(1)記載の建物(以下「本件マンション」という。)を建築し、「フローラハイツ」という名称で売り出した。そして、花山工務店は、同五七年八月二七日、本件マンションの一階部分は花山暢子名義で、二ないし六階部分は花山工務店名義で、それぞれ所有権保存登記をなしたうえ、同日、瀧野川信用金庫に対する極度額一億七〇〇〇万円の共同根抵当権を設定しその旨の登記を経由した。

2  花山工務店は、本件マンション二ないし六階部分を、広告を出して価格六八〇〇万円(二、三階部分)ないし七五〇〇万円(六階部分)で売り出したが、価格が高いなどの理由で容易に買手がつかず、売出から約一年を経過しても一階も売れない状態が続いた。その間同五七年秋ころ、花山工務店から不動産の売買等を業とする被告に対し、右二階ないし六階部分の一括買取又は売買の仲介斡旋の要請があったが成約には至らなかった。

3  その後、昭和五八年春ころから再び花山工務店は被告に対し右二階ないし六階部分の買受等を要請していたが、その間、右価格よりも値引することでようやく同年五月ころ、五階部分が代金七一五〇万円で有限会社おおつかに、また同年八月ころ、六階部分が代金七三〇〇万円で山本章子外一名にそれぞれ売却することができた。

そして、売れ残った二階ないし四階部分については、同年九月ころからさらに強く被告に対して右のような買取等を要請し、被告がこれに応じて価格の交渉に移ったところ、右のうち四階部分は、同年一〇月ころ長谷川博道外一名がたまたま比較的高額の代金六九〇〇万円で買い受けたが、残る二階及び三階部分についてはやはり買手がつかなかったのでさらに交渉を進めた。(なお、右四階ないし六階部分については、いずれも、右各売買のころ、前記根抵当権が放棄ないし解除され、その旨の登記が経由された。)

4  当時、花山工務店は、瀧野川信用金庫に対する債務が、合計約二億円程あって、これに対する金利の負担が経営を非常に圧迫していたので、本件各建物(二階、三階)を売却して得た金員を右債務に充てて右債務を大幅に消滅させ同信用金庫との合意により右根抵当権を消滅させるとともに右のような金利の負担を軽減して経営を改善しようとしていたところ、再び売却のため広告の手段を講じるとなると約三〇〇万円の出費を強いられることになるため、被告に対して原価回収の可能な価格である各六五〇〇万円での本件各建物の買受を強く求め、そのため当初は各六〇〇〇万円での買受であれば可であるとしていた被告も、瀧野川信用金庫からの花山工務店に協力して欲しい旨の要請もあって、結局、各六五〇〇万円での本件各建物の買受を了解し、同五八年一〇月二四日、花山工務店、被告間において正式に本件各売買契約が締結され、翌二五日、その旨の登記が経由された。そして、同月二四日、被告から花山工務店に右代金合計一億三〇〇〇万円が支払われ、花山工務店は、同日、右金員のうちのほぼ全額である一億二八七〇万円を瀧野川信用金庫に対する債務のうちの同額の債務の弁済に充て、そのため本件各建物に対する共同根抵当権は放棄され、翌二五日その旨の登記が経由された。

5  一方、花山工務店には、同月二五日に決済しなければならない手形(額面四五〇〇万円)があり、そのためにすでに約三八〇〇万円が当座預金口座に入れられており、不足分も他から期日までに入金される予定であったが、同日、約一五〇万円の社会保険料の滞納分のための差押があったので、下請の職人らが騒ぎ出し、混乱が生じて、従業員たちが退職金確保を要求し出したため、やむなく同社経理部長がそのために右預金をおろし、従業員たちにその管理を委ねたため右手形は決済されず、遂に同社は銀行取引停止処分を受けるに至ったものである。

右各認定事実、特に、原価を回収することのできる価額であったこと、本件各売買契約が不動産業者間の転売目的のものであったこと、本件各建物の買手を探すのは困難であったこと、二階と三階の一括売買であったこと、さらに広告を出して売り出すにしても広告費だけで三〇〇万円の出費が必要と予測されていたことなどを考慮すると、本件各建物についての本件各売買契約の代金額各六五〇〇万円は、相当な価額であったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、右4認定のとおり、花山工務店が本件各売買契約をなした理由は、その売買代金をもって、本件各建物について極度額一億七〇〇〇万円の共同根抵当権によって担保された債権を有し、したがって破産手続が開始された場合でも別除権者として優先権を有する瀧野川信用金庫に対する債務の弁済に充てるためであり、現に、その売買代金合計一億三〇〇〇万円のほぼ全額である一億二八七〇万円を同額の右債務の弁済に充てたのであるから、本件各売買は他の破産債権者を害すべき行為とはいえない(類似の制度である詐害行為取消権についての最判昭和四一年五月二七日民集二〇巻五号一〇〇四頁参照)。(特に本件の場合、瀧野川信用金庫に対する右債務を弁済して金利の負担を軽減し経営再建を図ろうとして、本件各建物を売却した(但し、下請の職人らが騒ぎ出すなどして結局は不渡手形を発生させるに至ってしまったが)ものであるから、なおのこと詐害性は認められない。)

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小倉顕 裁判官 渡邉了造 大渕哲也)

〈以下省略〉

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